
銀河高原ビールは1996年(平成8年)、東日本ハウス株式会社を設立した中村功が岩手県沢内村の村興し事業として始めました。
岩手県沢内村は豪雪地帯のため、清冽な天然水が豊富な環境であり、また気候もドイツのバイエルン地方に似ているため、醸造所を作るのに適した地であったことも要因のひとつです。
また、1996年(平成8年)は、宮沢賢治生誕100周年にあたる年であったこともあり「銀河高原ビール」と名付けたと言われています。

奥深い山に連なる高原に湧き出る名水に命を授かり、
夜空の星達のように煌く個性。
銀河とは「夢とロマン」を、
高原とは「天然の名水」を表します。

醸造所設立前、準備室メンバーがヨーロッパ・アメリカへ向かい、各地のビールの醸造所を視察しました。特にドイツではミュンヘン・ケルン・デュッセルドルフなどを訪れて1週間に80種類のビールを飲んだあとに、導き出した結論のもと、再度訪れた醸造所がミュンヘンの「アウグスティナー醸造所」でした。
このヴァイツェンが銀河高原ビールのベンチマークとなっています。その時の印象は
・従来の日本のビールと明らかに違い、説明せずに判ること
・個性が際立っており、たとえ少数派であったとしても、
強烈なファンになる可能性を秘めた風味であること
でした。
その後、早速ドイツからブラウマイスターを招聘し、機械一式もドイツ製を購入。試作品を造りましたが、はじめは、全く目指す味にならなかったり、品質にムラがあったりと紆余曲折がありました。
果たして、この場所で、この素材で、あの味を作るのは無理なのか…。失敗、成功、また失敗と、繰り替えす試行錯誤、それこそ血のにじむような努力の結果、安定した品質、洗練されたヴァイツェンビールが誕生しました。自分たちが信じる味を作りあげた、そのかけがえなのない時は、スタッフ全員の心の確たる礎となっています。






